今思えば、あれは本当に私だったのか。
そんな風に思うくらい自分自身がおかしくなった時期があった。
連日仕事で忙しくしており、精神的に辛かった。
「今は努力する時」と自分に言い聞かせ、頑張っていたけど、
私は、とうとうおかしくなった。
おかしくなった自分に、
「どうして頑張れないの?」
「こんなことでダメになるのか?」
と自分自身を軽蔑した。
まるで、魂と体が分離しているかのような感覚に違和感を覚え始めた。
それは、すごく不思議な感覚で、幽体離脱でもしているような気分だった。
泣いている自分に対し、隣で「何がそんなに悲しいの?」って疑問を抱いて見ている自分がいた。
実際は一人なのに、体が勝手に泣いて、魂はそれを不思議がってる感じ。
本当に不思議で気持ち悪い感覚だった。
体と魂が別物みたいで、
「一生こいつで生きていかなきゃいけないのか」と思っていた。
あまりに変な感覚なので調べてみたら、解離性障害って症状に似ていた。
相当ひどいストレスだったんだろう。
体と魂は別。だけど、私は私という体でしか生きていけない。
そんなような感覚だったから、ひどいストレス状態の中、死ぬことに対して全く恐怖心を抱かなくなった。
むしろ、明日も明後日も、この体(この脳)で生きていかなきゃいけないのか・・・その方がよっぽど恐怖だった。
脳はえんぴつで書き殴ったかのように真っ黒で、ごちゃごちゃ。
寝ている間は何も考えなくて済むから良かったけど、毎日悪夢を見るようになり、寝ても覚めても頭の中は地獄。
脳が休まってくれることはなく、常に私に嫌なイメージを見せてくる。
生きていることが、もう辛かった。
息をして、生きているということが気持ち悪かった。
この気持ち悪さから解放されて楽になるには、死ぬしかなかった。
本当に思考が狭まっていたと思う。
死ぬ間際に感じるどんな痛みよりも、
生きている方の痛みの方が辛いと思ったから、
楽な死に方ではなく、確実に死ねる方法を探した。
結果、崖から海に飛び降りるのが一番良いと思い、北海道に向かった。
天気は荒れていて、私の気分と同様に最悪だった。
最後に見てみたいと思う景色があり、車をレンタルし、一人で向かった。
美瑛という町にある、青い池という場所。
この場所を訪れたら、もう全てを終わりにしようと思っていた。
あんなにも自分に対し絶望し、何もかももうどうでも良かったのに、
私は、青い池の美しさに感動し、死ぬことをやめようと思った。

天気予報でも雨だったのに、私がその場所に着いた時だけ晴れ、本当に美しい絶景を見て感動した。
自然の神様が私の味方をしてくれているようだった。
美しすぎる景色を見て、私にはまだ知らない景色がたくさんあるとも思った。
地元の人でも「こんなに綺麗なのは初めて」と言っていたくらい綺麗だった。
生きていれば雨模様の時もあるけど、晴れる時だってある。
だからこそ、晴れた時にこんなにも幸せを感じるんだ。
大自然がそう思わせてくれたような気がした。
そして、帰りは、両親が迎えにきてくれた。
あまり仲が良いわけではないけど、きっと母は私がひどい精神状態にいるのを察したんだと思う。
その時、私はまだ両親に恩返しをしていないことに気づいた。
そこから私は、死ぬこと以外でも、問題は解決できるんじゃないかと思うようになった。
それが、キャリア構築をやめて、自分の精神で耐え切れる程度で仕事をすること。
自分という体の精神が耐えられる程度の仕事をすること。
けれど、パートナーからはひどく反対を受けた。
「普通の社会人は週5日働くんだよ。」
そういって、雇用形態はなんでも良いから、掛け持ちでも良いから、週5日働かないとって言われた。
フツウってなに?
フツウなことが出来ない私は、どれほど無能で落ちこぼれなんだろう。
認めてもらえず、どうして良いのかわからなくなった。
結局は仕事をセーブする生活を送り、次第に精神状態も安定していった。
毎月もらう給料よりも、私には毎日心が安定している方がずっと幸せなんだ。
給料が減れば、その分支出を抑えれば良い。
私の場合は、食費やエステにかけていた出費を大幅削減。
毎日していたネットショッピングも、必要なものだけ。
欲しいものはもう充分手に入れた。
もう欲張らない。
ただ、安定した気持ちでいたい。
私は自分というものを全然理解していなかったみたい。
自分を大切にして、周りの人を幸せにしたい。
そんな風に思えたから、私は今も生きてる。
頑張り続けることも素晴らしいことだけど、
人によって頑張れる限度は違う。
あなたもどうか生きて。
自己嫌悪に陥らないで。
生き方に正解なんてないんだから。


